Story 03

チームで固定観念を打ち破る!
低周波治療器の新しいカタチ

チームで固定観念を打ち破る!低周波治療器の新しいカタチ

2か所を同時に治療できる「コードレス低周波治療器 HV-F601T」は、アメリカでのニーズに応える製品として開発が始まった。スマートフォンアプリによる操作など、革新的な要素がつまった製品誕生の背景には、チームでの度重なる議論や、既成観念にとらわれない挑戦があった。

Interviewee
所属は2023年1月時点
隅野
技術開発統轄部 要素技術開発部
伊藤
グローバルコミュニケーション統轄部
ブランドデザイン部
グローバルコミュニケーション統轄部 ブランドデザイン部
小林
循環器疾患事業統轄部 アプリ事業企画部

「リモコン代わりのスマホアプリ」というはじめての挑戦

2018年に「コードレス低周波治療器 Avail」という名でアメリカで先行発売したHV-F601Tは、同国でのニーズを踏まえ、「2か所を同時に治療できるコードレスの製品」を目指して開発が始まった。しかし、「2か所治療」と「コードレス」の両方を実現するとなると、解決すべき課題は多かった。

課題解決のために浮上した「アプリで操作」

一般的な低周波治療器は、痛みのある関節や部位に貼る「パッド」と機器を操作する本体がコードでつながれている。まず、コードをなくすとしたら、どうやって機器を操作するか。専用のリモコンをつくる方法もあるが、1つのリモコンで2か所の操作を行なおうとすると、操作が煩雑になり、使いにくくなってしまう。そこで出てきたアイデアが、スマホのアプリで操作する方法だった。「今は非常に多くの方が日常的にスマホを使っていて、操作にも慣れていらっしゃいます。あえて専用のリモコンを用意するよりも、スマホアプリのほうが使い勝手が良いのではないかと考えました」と、当時機器の技術開発を担当した隅野は話す。

また、HV-F601Tには、ほとんど刺激を感じない「マイクロカレント*」を使った治療モードも組み込まれている。当時プロダクトデザイナーとして参加した伊藤は、「刺激が感じられないと、治療されているという実感を得にくい点を課題ととらえていました。スマホアプリなら、どこを治療しているか理解しやすいように、マイクロカレントを流している部位をグラフィックで表現できます。リモコンよりも表現力が高くなるため、この課題も同時に解決できると思いました」とアプリのもう1つのメリットをふり返る。

*人間のからだに流れる微弱な電流(生体電流)に近いレベルのごく弱い電流。刺激をほとんど感じることのない電流で、スポーツの分野では、多くのプロアスリートがコンディショニングに使用している。
リモコン代わりでもリモコンとは異なる、アプリのユーザビリティ

HV-F601Tで開発したのは、いわば「リモコンの代わりになるアプリ」だ。これまでオムロン ヘルスケアで開発していたアプリは、血圧計や体重体組成計などで測定したデータを管理するためのもの。機器を操作するアプリ開発は、はじめての挑戦となった。

Bluetoothでスマホとつなげる際に、接続が途切れないようにするにはどうすれば良いのか。使い勝手に大きく関わる部分でもあるため、詳細に調査した。また、アプリのユーザビリティ向上にも苦心した。アプリの開発を担当した小林は、「今までの低周波治療器は、どこを何分間、どの程度の強度で治療するかを1つの画面内で設定していました。同じことをアプリの1枚の画面でやろうとすると、煩雑でわかりづらくなり、ユーザーが操作に戸惑ってしまうことがわかりました。そこで、ステップ・バイ・ステップで設定項目ごとに画面を切り替える形を取りました」。伊藤は、「HV-F601Tのような『低周波治療器とはこういうもの』という既成観念が通用しない製品で、ユーザビリティの考え方も従来とは違うことを、つくりながら学んでいきました」と苦労の一端を話す。

アプリを使って機器を操作することになったため、機器開発とアプリ開発のメンバーが連携する機会が多かった。隅野は従来の開発との違いについてこう話す。「従来の低周波治療器は、基本的に機器単体の開発で完結していました。今回は、アプリ開発のメンバーと議論を重ねることになり、新たな関わりが増えました。最終的に、本体には余計な機能を載せず、アプリにコントロールを委ねる形にしたことで、製品としてうまくまとまったように思います」

はがれにくいパッド、
本体の小型化
複数の課題を解決する製品開発

はがれにくいパッド、本体の小型化、複数の課題を解決する製品開発

新たなチャレンジだったのは、スマホアプリの開発だけではない。治療部位に貼り付けるパッドや、スマホと通信する本体も、従来の低周波治療器とは異なるものだった。

現地の社員に協力をあおぎ、「はがれにくさ」を検証

当時のアメリカでは、腰痛に悩む人のための製品ニーズが高かった。腰痛に悩む人に最適なパッドの形状にしたい。そこで、実際にアメリカに出向き、現地の社員に協力してもらって、さまざまな体型の人たちのモーターポイント(治療推奨部位)がどのあたりかを調査。体格差に関わらずモーターポイントをカバーできる大きさを割り出した。さらに、コードレスであるため、仕事中や歩行中など、動きながら使用することも想定される。背骨をまたいで貼っても体に沿って、はがれにくいパッド形状を試行錯誤した。

最大背中: No.6(男性: 背中 × 腰 = 50 × 51)
最小背中: No.5(女性: 背中 × 腰 = 47 ×36)
当時の調査の様子。体の大きい社員(上)と体の小さい社員(下)で、カバーできるサイズを検証した

本体の大きさも重要だった。コードレスの低周波治療器の場合、本体をパッドに装着して使用するため、本体が重いとパッドがはがれやすくなってしまうのだ。少しでもはがれにくくなるよう、パッドの粘着力を従来品よりも強くしたが、粘着力は強ければ良いというわけでもない。強すぎると肌を傷めたり、粘着ジェルが肌に残ったりするおそれがあるからだ。適度な粘着力ではがれにくくするには、やはり本体の小型化・軽量化が必要になる。

そのための工夫の1つが、非接触充電器の採用だった。「USBなどで充電すれば良いのではないか、という案もあったのですが、USBを接続するポートをつくろうとすると、本体が大きくなってしまうのです」と伊藤。隅野は「医療機器なので、防滴性も求められます。USB接続だと防滴が課題になるため、その点でも非接触充電が好ましいという結論に至りました」と説明する。

本体をできる限り小さくしたものの、本当にはがれにくいのかどうか、検証も必要だった。試作した製品を背中に貼り、本体の重みではがれないかどうか、自分たちで実験した。「いつも背中にパッドを貼っていました」と小林。「仕事をしたり、階段を上り下りしても、ちゃんと機能を果たすかどうか、チームみんなで確認しました」と伊藤もふり返る。

革新的だからこそ、理解を得るためのハードルも高かった

たくさんの議論と試行錯誤の末にたどり着いた仕様。しかし、革新的な製品だったからこそ、商品化までに乗り越えるハードルも多かった。

例えば、リスク管理の問題だ。第三者がアプリに接続し、勝手に機器を操作することも考えられる。「リモコン代わりにアプリを使うのは、オムロン ヘルスケアにとって始めてだったので、想定できるリスクをどう回避するのかと、他部門から質問もありました」と小林。結果、1台のスマホしかペアリングできない仕様にすることで、リスクを回避した。隅野はこう説明する。「家族みんなで使いたい場合には不便なのですが、さまざまな条件の掛け合わせによって危険が生じないとは言い切れません。使用者が変わって別のスマホと接続したい場合は、本体のリセットボタンを押せばペアリングできるようにしました。議論を重ねたうえでの決断でした」。

さらに、アメリカの商品企画や販売のスタッフにも説明し、理解してもらう必要があった。「私たちが熟考して出した結論であっても、試行錯誤の過程まですべて伝えられるわけではありません。『これなら販売できる』と思ってもらうために、被験者の方によるユーザビリティテストを一緒に見てもらい、実際に課題感を共有しながら議論をしたこともありました」と、小林は当時の苦労を話す。

ニュースタンダードとなった2つの販売戦略

こうしてHV-F601Tは、2018年に無事発売された。2か所を同時に治療できるコードレスの低周波治療器は、製品自体もそれまでとは違う新しいものだったが、販売戦略も2つである点で従来とは異なるものだった。

海外のニーズに応えた製品を先行発売

1つは、海外で先行発売したことだ。HV-F601Tは、2018年4月にアメリカで先行発売した。従来は、日本で発売した製品を海外に展開することが多かった。しかしちょうどこの頃、アメリカで低周波治療器の販売が好調で、現地でオムロン ヘルスケアの低周波治療器を拡大したいという意図があった。そのため、アメリカのニーズに応える形で開発し、日本での発売は2018年11月となった。

近年ではこのように、海外で発売した後に、日本で発売することは珍しくない。HV-F601Tはもともとアメリカでのニーズからつくられた製品だが、「アメリカでは『薬局の棚に並べたいので価格を抑えたい』というリクエストもありました。実際に現地の薬局を見て回ったら、どの製品も比較的低価格で、こうした製品と並べた時に選ばれる価格帯にしなければならないと理解しました。ニーズの違いを、製品開発や販売戦略に反映することもあります」と隅野は実体験から話す。

アスリートのサポートという新境地を開拓

もう1つは、日本でアスリート向けに製品をマーケティングしたこと。従来の低周波治療器は、腰痛や肩こりなどを抱える人向けにつくられていたが、スポーツ後の筋肉疲労や筋肉痛も緩和できることから、アスリートをサポートしたいという想いはかねてからあった。HV-F601Tは、当初、アスリートを対象に開発されたわけではなかった。しかし、運動後のコンディショニングケアに役立ち、アスリートからも注目を集めていたマイクロカレントが搭載されていることもあり、光が当たった。2か所を同時に治療できるという点も、運動後、効率的にケアしたいというニーズを満たすものだった。その後、2021年6月にアスリート向け製品としてHV-F080シリーズも発売され、プロサッカー選手の長谷部誠さんがアンバサダー(現在は契約終了)となり、リカバリーの重要性を発信した。

製品も戦略も、たくさんの新たなチャレンジに満ちていたHV-F601T。隅野は開発をふり返り、「今までとまったく違う製品だけに、不安もあったのですが、だからこそ、さまざまなことを試してみないと何が良いのかわからないわけです。今まで以上の挑戦を求められましたが、それゆえの楽しさもありました」と話す。伊藤も、「プロダクトデザイナーとして、複数の課題を解決できるデザインを考えて実行できたことは、今までにない経験でした。『低周波治療器とはこういうものだ』という先入観から離れてイチから取り組めたので、本当に楽しかったです」と充実した表情を見せた。

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