Story 02

喘息患者とその家族を支えたい
終わりなきネブライザの改良

喘息患者とその家族を支えたい。終わりなきネブライザの改良

2001年の発売当時、世界最小・最軽量を実現した「メッシュ式ネブライザ NE-U22」。それから18年の時を経て、使用後のお手入れが不要なディスポーザブルメッシュを実現した「メッシュ式ネブライザ NE-U200」。いずれも、誰でも使いやすいメッシュ式ネブライザを目指した粘り強い改良の結果だ。喘息発作の不安を抱える患者さんとその家族に、安心して毎日を過ごしてもらうための開発の軌跡を追った。

Interviewee
所属は2023年1月時点
朝井
技術開発統轄部 学術開発部
伊藤
商品開発統轄部 循環器商品設計部

いつでもどこでも誰でも簡単に
吸入できるNE-U22

いつでもどこでも誰でも簡単に吸入できるNE-U22

薬液を細かい霧状にして、気管支や肺に送り込むための医療機器「ネブライザ」。ネブライザがあれば、喘息などの呼吸器疾患をもつ患者さんが、日常生活の中でも吸入療法を行うことができる。オムロンは、1994年に「メッシュ式ネブライザ NE-U03」を発売。外出先での喘息発作に対応できるよう携帯性を意識した小型の製品で、乾電池で駆動する世界初のネブライザだった。

1994年に発売したNE-U03
ユーザーの声を吸い上げ、ゼロベースで開発

しかし、NE-U03には課題も残っていた。例えば、メッシュ式ネブライザの肝となるメッシュ部分。薬液を均一に噴霧して肺や気管支に届けるための重要なパーツだが、当時のメッシュはセラミック製で加工が難しかった。また、小さな子どもをもつ方からも、さまざまな要望が寄せられていた。小児喘息の子どもが夜間に発作を起こした時、家族は子どもを抱きかかえたまま治療することが多い。すると、ネブライザの本体が傾いて薬液が漏れ出てしまう。また、遠足や修学旅行に持たせたいが、使用後に子どもがメッシュ部分の洗浄を行なうには取り扱いが難しいといった声が寄せられた。さらに、従来のコンプレッサ式ネブライザにくらべて大幅に小型化されているものの、単3乾電池4本を使用するため、まだ大きくて子どもの手では扱いづらい……。

左は「コンプレッサ式ネブライザ NE-C28」、右が「メッシュ式 ネブライザ NE-U100」

患者さんやそのご家族が安心して治療できるよう、こうした声をすべて反映したメッシュ式ネブライザをつくらなければならない。そう考えた開発チームは、ネブライザに本当に求められる仕様とはどのようなものなのか、ゼロベースで洗い出すことにした。当時ネブライザの開発を担当していた朝井は、「意欲的なメンバーが多くて、開発と企画のチームで何度も議論をくり返しました。最終的に、『いつでもどこでも誰でも簡単に吸入できるネブライザ』というコンセプトにたどり着いたのです」とふり返る。開発の過程では、小児喘息の子どもや保護者に集まってもらい座談会を実施。プロトタイプを見せながら意見も聞いた。

当時世界最小・最軽量の「メッシュ式ネブライザ NE-U22」
患者さんからも医師からも評価される製品に

こうして完成した新たなメッシュ式ネブライザNE-U22は、単3乾電池2本で駆動するようになり、世界最小・最軽量(当時)を実現。扱いの難しかったセラミック製のメッシュに代わり、耐久性に優れた金属製のメッシュを採用した。また、薬液が漏れない工夫を施し、どんな角度でも吸入できるようになった。薬液の注ぎやすさや使用後の洗浄しやすさ、乾燥のしやすさなど、ユーザビリティも大きく向上。コンセプトどおり、「いつでもどこでも誰でも簡単に吸入できるネブライザ」ができたのだ。

NE-U22を手に取った方々からは、「子どもでも簡単に使える」「携帯できるので、万一の発作に備えられて安心」など、喜びの声が続々と寄せられた。朝井のもとでNE-U22の開発に携わっていた伊藤は、「このネブライザのおかげで子どもが修学旅行に行くことができました、という感謝のお手紙もいただきました。患者さんのニーズに応えられたことがわかり、とてもうれしかったです」と話す。

医師からの評価も高かった。発売前にオムロン ヘルスケア主導で実施した臨床試験では、NE-U22が当時主流だったコンプレッサ式ネブライザと変わらない効果を発揮することが実証された。「その後は、国内外の先生方が自主的にエビデンスを出してくれるようになりました。NE-U22は、メッシュ式のデファクトスタンダードとして認められたのではないかと自負しています」と朝井は胸を張る。

NE-U22が採用された論文「日本小児アレルギー学会誌(第22巻5号763~772,2008)」ほか

患者さんとその家族を支える、技術的な挑戦の数々

患者さんからも医師からも高い評価を得たNE-U22。しかし、開発までの道のりは決して平坦なものではなかった。メッシュに使う材料や微細な穴が精度良く加工できているかの検査方法の確立など、条件を変えながら実験と検証を重ねて、試行錯誤により実現した。

耐久性の高いメッシュ開発は素材選びから

大きな難関の1つが、新たなメッシュの開発だった。金属製のメッシュという構想は、実は1994年発売の初代メッシュ式ネブライザNE-U03を開発していた頃から存在していた。「さまざまな素材を検討した中で、金属製メッシュの開発にも挑戦していました。当時は、金属が薬液によって腐食し、メッシュにあけた穴が噴霧中に大きくなってしまうなど、うまくいかなかった。それで初代の製品ではセラミックを使ったのです」と朝井は話す。

人体に安全で、薬液によって腐食せず化学的に安定している素材を見つけなければならない。コストや加工のしやすさもポイントになる。こうした条件をすべて満たす素材は決して多くない。素材メーカーにヒアリングを重ねるなど、より良い素材を求めて調査を続けた。紆余曲折の末にたどり着いたのは、歯の詰め物などにも使われているニッケル・パラジウムの合金だった。

素材が決まってメッシュを開発できても、終わりではない。2つ目の難関は、できあがったメッシュの品質評価だった。メッシュには、目に見えない微細な穴がたくさんあいている。穴が均一にあいていなければ、薬液の噴霧量がばらついてしまう。穴がきちんとあいているかどうかを顕微鏡で確認し、問題なければそのメッシュを装着したうえで機器の性能を測定する——このプロセスをくり返さなければならなかった。「約3μmの微細な穴の精度は、ネブライザの性能に大きく影響します。しかし、短時間で数千個の穴の状態を検査できる機械が世の中にはありませんでした。目で一つひとつの穴を確認するのは現実的ではないため、NE-U22の時は、メッシュに加圧した空気を当てて、漏気速度が一定に保たれているかどうかを検査して、穴のあき具合が均一であることを判断していました」と朝井は語る。

部品の細かな調整によって高効率と小型化を実現

子どもが使いやすいサイズに小型化することも、NE-U22の開発では重要なポイントだった。単3乾電池4本を使用していたNE-U03よりも本体を小さくするためには、乾電池の本数を減らす必要がある。乾電池を減らすと作動時間も短くなってしまうため、乾電池のエネルギーを少しでも効率良く使えるようにしなければならない。

乾電池のエネルギーは、薬液をメッシュに押しつける「振動子」という小さな部品の振動に使われるが、この振動子のサイズや配置場所などが0.1㎜の単位で変わるだけでも、エネルギーの伝わり方が変化する。少しでも振動のロスが減り、効率的にエネルギーが伝わる条件を求めて試行錯誤した。「コンピュータを使って何度もシミュレーションしたのですが、結局すべてのサンプルをつくって、実際に確認していました」と伊藤はふり返る。

NE-U22は、従来品の半分である単3乾電池2本での駆動を実現し、当時世界最小・最軽量のネブライザとなった。「本当は単4乾電池2本分ぐらいのサイズにしたかった」と朝井は笑うが、単3乾電池2本という低電力で稼働すること、そして薬液がほとんどボトルに残らないことが省エネルギー性に優れた製品として評価され、NE-U22は2002年度の省エネ大賞省エネルギーセンター会長賞を受賞した。

18年越しに実現した
手入れ不要のNE-U200

18年越しに実現した手入れ不要のNE-U200

NE-U22の発売から18年後。2019年に発売されたNE-U200は、NE-U22の進化形ともいえるメッシュ式ネブライザだ。パーツが少なくなったことで、組み立てが簡単になり、症状が出た時でもすぐに使用できるようになった。そして最大の特長は、面倒なお手入れが不要で、いつでも清潔に使えるディスポーザブルメッシュになったことだ。

レーザー技術の進化でディスポーザブルメッシュ開発が前進

NE-U22で採用していた金属製メッシュは、使用後の洗浄を忘れると、穴に付着した薬剤が乾燥し、つまってしまう。メッシュは約1年間使用できる想定だったが、洗浄が不十分で穴がつまると1年も経たないうちに交換が必要になってしまう。使用後のお手入れが大変だという声や、洗浄の頻度を下げても性能を維持できるようにしてほしいという要望もあった。

開発チーム内では、NE-U22の発売後も、別の材質でのメッシュ開発など「さらに改善できないか」を常に模索していた。実は、NE-U200につながるようなアイデアも、早い段階から生まれていた。伊藤は、「お手入れが要らない『ディスポーザブルメッシュ』という発想は、NE-U22の発売後からありましたが、コストや量産のハードルが高く実現できていませんでした。樹脂製のメッシュという構想も当時からあったのですが、耐久性の問題を解決できず、こちらも実現しませんでした」と明かす。

そして、これまで叶わなかったこれらのアイデアは、レーザー加工技術の進化によって日の目を見ることとなる。2013年、高い精度で高速に穴をあけられる新たなレーザー加工技術をオムロンと共同開発。10年以上前から構想されていた「樹脂製のディスポーザブルメッシュ」の実現が近づいた。

品質にこだわり、粘り強く課題と向き合う

しかし、またここからが容易ではなかった。レーザーを使ってメッシュに均一に穴をあけるには、温度、湿度、振動など、さまざまな要素をコントロールする必要がある。このコントロールが難しく、メッシュにあけた穴の大きさにどうしてもばらつきが出てしまうのだ。穴をあけるための技術開発の段階で時間を要したうえ、その後の量産段階でもまたばらつきが発生。結果的に当初のスケジュールよりも約1年遅れとなった。

新たなレーザー技術に期待して始まったものの、次々と課題と向き合わなければならず、メンバーの苦労も大きかったのではないだろうか。「簡単にできることだったら、競合他社にも簡単にできるでしょうし、挑戦する意味がない。大きなチャレンジが待っているのだろうと、みんな最初から覚悟はしていたと思いますよ」と伊藤の答えは明快だった。「問題の原因がなかなか見つからずに大変な時期もありました。しかし、品質を担保できないものを世に出すわけにもいきません。あと少しのところまで来ているのなら、期限を延ばしてでもがんばったほうがいい。ほかのメンバーにもそう伝えていました」

さまざまな困難を乗り越え、NE-U200は発売された。ディスポーザブルの樹脂製メッシュという長年のアイデアが実現したことで、大きな達成感や喜びもあるのではないかと思いきや、伊藤からは「どうでしょう……ゴールだという感じはまったくしないですね」との答えが返ってきた。「まだまだ課題はありますし、もっと良いネブライザをつくれるのではないかと常に思っています」。これからも患者さんやそのご家族の負担を解消し、呼吸器疾患増悪ゼロを目指すために、進化に向けた挑戦が続く。

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